美玉の瑕は、私
※百合注意
秋視点
「今日、うちのクラスに転校生が来るらしいぜ!」
廊下を慌ただしく駆け抜けてきた半田くんは、教室に入るなりそう叫んだ。
どうやら先生の話を盗み聞きしてきたらしい。
一緒に転がり込んできた松野くんも、女子だって女子!と興奮気味に皆を集めて説明し始めた。
「この時期に転校生なんて、珍しいな」
「そうねえ。本当に来るのかしら?」
今まで隣に立っていた風丸くんが、前の円堂くんの席に腰掛ける。
さっきまでそこに座って風丸くんと話していた筈の我らがキャプテンは、他の男の子と共に噂話の中に紛れていった。
人混みから漏れる、サッカー部に入ってくれないかな、という台詞は、言わずもがな彼のものだろう。
「でも、本当だったらちょっと楽しみね」
「女子らしいし、木野ならすぐ仲良くなりそうだな」
「だと良いけどね」
噂に群がる人だかりを遠巻きに眺めながらも、此方は此方で転校生の話が思いの外盛り上がる。
嬉々として円堂くんが席に戻ってきたところで、先生が入ってきて一時解散となった。
「初めまして、みょうじなまえです」
柔らかな笑顔を浮かべてそう言った彼女は、一言で言えば、美人だった。
凛とした大きな目に長い睫毛、すっと通った高い鼻。陶器のような白い肌に、唇の赤が映える。
そんな整った容姿に、制服から覗く手足は長く細く、けれど程好い肉付きに色気すら感じる。
腰まで伸びた長い黒髪は、日の光を浴びて艶やかに煌めいた。
「二学期の微妙な時期だが、家庭の都合で稲妻町に引っ越してきたそうだ。皆、仲良くな」
先生の言葉に、よろしくお願いします、と転校生……みょうじさんが、丁寧にお辞儀をする。
さっきまでの騒がしさはどこへやら、教室は静寂に包まれていた。
男子も女子も、一番騒いでいた半田くん達でさえも。皆一様に、黙って彼女を見詰めている。
どんな子かな。可愛いかな。美人かな。背は高いかな。低いかな。仲良くなれそうかな。
そんな風に想像して話した事も、全て飲み込んでしまうほど。
同じ女である私でも、思わずどきりとして、吐息のような感嘆の声が漏れてしまうほど。
彼女は、美しすぎた。
「みょうじの席は、一番後ろだ。風丸の隣だな」
現状の理由に気付いているのだろう、教壇に立つ先生は室内の異様な静けさを気にも留めず、一番後ろの窓側の席を指差す。
不意に名前を呼ばれた風丸くんは珍しく狼狽えていて、え、だの、あ、だの、声にならない声を絞り出してから、はい、と蚊の鳴くような返事をした。
並ぶ机の間を縫って其処へ向かうみょうじさんが、私の隣をすり抜ける。
その一瞬に目があった彼女は、にこりと、危うい花のような笑みを私に向けた……気がした。
「ねえ、みょうじさん、前はどこに住んでたの?」
今朝、言葉を失うほどみょうじさんに見とれていたクラスメイト達は、その美しさに圧倒されて近付けず……なんて事は意外に無く、一限目の終わった休み時間、彼女の周りには大きな人だかりが出来ていた。
「みょうじさんって、何が好きなの?」
「休日って何してるの?」
「部活、何処に入る?」
「甘いものとか好き?」
男女問わずの怒濤の質問攻めに困ったような笑顔を浮かべる彼女を、隣から避難してきた風丸くんや私の前に座る円堂くんと一緒に傍観する。
初日の質問攻めは、転校生は必ず通る試練よね。
それに慣れないのか、右から左から繰り出される質問に答えることも出来ないまま、みょうじさんはただ黙って笑っていた。
あれ、困ってるんじゃないか。少し可哀想ね。止めてやった方がいいかもな。
三人で仲介しようかと相談していたのだが、その結論が行動に移されることはなかった。
「好きなタイプってどんな人?」
恐らく、その質問だと思う。
その質問に反応して、それまで座ったまま閉口していたみょうじさんは、唐突に席を立った。
その行動に、彼女を囲んでいたクラスメイト達も、何事かと口を噤む。
遠巻きに見たり、我関せずを通していた他の生徒も、その変化に首を傾げて目を向けた。
「……好きなタイプ、ねえ…」
花の笑みを浮かべたまま、みょうじさんが呟く。
そして、おもむろに人波を掻き分け、歩き出した。
どうしたのかと、誰もが注目する中、彼女が立ち止まったのは、私達の前。
……否、私の、前だった。
「みょうじさん…?」
「私ね」
今朝すれ違う時に見えた、危うい色香を纏った笑みで、みょうじさんは私を見下ろした。
私の、好きなタイプはね。
決して大きくはない彼女の鈴のような声が、不思議と教室中に響く。
「あなたのような、可愛い女の子なの」
「……え?」
発された言葉の意味が解らず、呆然と彼女を見上げる。
理解したらしい風丸くんの驚く声が、隣から聞こえた。
何、何なの?いったいどういう事?
戸惑う私をよそに、何故か周りはざわつき始める。
当のみょうじさんは、相も変わらぬ熱の篭った笑顔で私を見下ろして、私の手を両手で握って、言った。
「私、あなたに一目惚れしたみたい!」
美玉の傷は、私
(その瑕は、亀裂か、破砕か)